なつかしい?
立ち読みしたら、はまりました。
立ち読みで全部読んでしまったのに、買いました。
何度も読み返してにんまりしてしまう。
私は最近、初めての経験が減ってきた。
これじゃ成長がとまるぞ・・・と思った。
幼いころのエネルギーを思い出させてくれる、
元気が出る本。
ほほえましいノスタルジー
たかぎさんの本を読んだのはこの本が初めてでしたが、
とっても楽しい本でした。
「あの頃」のノスタルジックな感覚が湧いてきて、
あたかも自分が体験したかのように感情移入できて楽しいです。
ほのぼのあったか漫画エッセイです。
さくらももこのようになるな、売れ線を狙うな…などと批判している方がいますが、
僕にはその意味がよく分かりませんでした。
「売れ線を狙う」=「売れる」というのは、
すなわち多くの人からの支持がある・喜ばれている、ということの証ですので、
むしろ良いことなのではないかと思います。
だから、売れ線を狙って何が悪いのか、謎です。
「売れ線を狙うな」と言うのは、言い換えるならば、
「読者に喜ばれない本を作れ」と言うことに等しいのではないかと僕は思います。
だから売れ線狙いを批判する人の心理が僕にはサッパリ理解できません。
そもそも、この本が本当に売れ線狙いで作られたのかどうかは分かりませんし、
少なくとも僕の主観ではそうは感じませんでした。
そうであろうとあるまいと、とにかく確実にひとつ言えるのは、
「この本は面白い!」ということだけです。
あえて苦言!
同じ著者の「ひとりぐらしも5ねんめ」は大好きで、いまだに愛蔵書扱いで部屋の本棚に並んでいる1冊なんですが、この「はじめてだったころ」は正直な感想、まったく好きじゃありません。世間ウケをあまりに狙った感じをうけてしまいました。さくらも○こ みたいにならないで頑張ってください。
<初めて>に出会う努力、最近していますか?
初めて迷子になった時、初めてバレンタインのチョコを男の子にあげた時、初めてマクドナルドでフライド・ポテトを食べた時、はじめてマンガ雑誌に投稿した時、初めて自分で車を運転した時…。そんな<初めて>に遭遇して味わったドキドキ感を綴ったマンガ・エッセイ集です。 著者は今年31歳になるイラストレーター。ですから本書に綴られているのは、物心つき始めた3〜4歳の頃からせいぜい27歳くらいまでの<初めて>です。日本で誰しも人生の中で一度は経験する<初めて>が拾い出されていて、私たち読者は「そんなことあったなぁ」と自らの体験に引き寄せながら頁をくることでしょう。 今思い返せばどうということもない事柄も、冷や汗かきながら一歩一歩こなしていったあの頃。なにごとにも<初めての時>はあります。あの頃に比べて今の自分が少なからず成長していると感じられるのも、その<初めて>を前にしたとき、物怖じしつつも決して逃げたりしなかった自分がいたからこそ。そのことに対して、ちょっぴり自分を褒めてやりたくなるこの思い。そんな風に心ふるわせながらこの佳品を読みました。 私は今40代。10代20代の頃に比べれば、「誰にも訪れる<初めて>」に頻々と出会うことはもうありません。 今や私の人生は、「誰にも訪れる<初めて>」との出会いを待つのではなく、「誰でもない私にとっての<初めて>」を私が自ら選び取る段階に入りました。さもなければ私のように怠惰で保守的な人間には、なかなか<初めて>のドキドキ感を味わう機会はないのです。むしろ<初めて>を避ける気持ちばかりが強くなるおそれがあります。 幸いなことに、<初めて>が自分を鍛えていくことになると信じる心は今も持ち合わせています。昨日までは知らなかった<初めて>に、今日もまた出会う努力をする人生を生きていたい。そんな思いを新たにする読書でした。
いつまでもこんな気持ちをもっていたい
はじめてのマックのポテト、回転寿司、焼き肉屋でのバイトそして 徹夜などの体験。著者の体験したことがつづられているけど、誰もが 経験したことなんだよね・・・と思ってしまう。今では当たり前のようにしてる多くのことなんだけど、これを読んで自分の初めてだったころをじんわりと思い出せた。 なんともいえない、少しドキドキして、こわくて、でもそこに足を踏み込んでみたい不快ではない緊張感、体験した喜びと遠い田舎の夏休みの思い出のようなさわやかな青臭さがひさびさにわいてきた。 初心を忘れるなという諺があるようにこんなすなおな感情をずっと持ち続けていたい。とねがった。
廣済堂出版
上京はしたけれど。 ひとりぐらしも5年め 150cmライフ。 (3) 150cmライフ。〈2〉 のほほん風呂 おうちでカンタン季節の湯
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